夢のトイレ58

夢のトイレ58  しかし、このままじゃマズイな。魚のままじゃ宿に泊めてもらうことはできない。魚のままじゃお湯に浸かることもできない。魚のままじゃ温泉宿まで行くことだってできやしない。再び便意を感じる人間に戻るしかないのかな。戻った途端に便意に襲われるのも嫌だな。でも、いつまでも魚のままではいられない。やっぱり戻ろう。ボクにとっては束の間の魚人生であった。ボクは便意の急襲に備えて肛門括約筋をきつく絞めた。そういえば魚にも肛門括約筋ってあるのだろうか。いや、あるんだよね。だって、今ボクはこうして絞めているのだから。「それじゃあ戻るよ」 ボクは、ボクの肛門に語りかけるように呟き、人間の姿のボクを想像した。するとすぐに頭から背中にかけて鈍い痛みが生じボクはうろたえた。便意にのみ注意を払っていた油断だった。魚になる前、ボクは堤防からずり落ちたのだった。ボクは波打ち際に立っていた。足元には小さく打ち寄せる波が見えるが、それより先には波のない鏡面のような海が広がっている。海には波があり湖にはそれがない、と単純に思っていたボクには、意外な風景であった。 (つづく)